五穀豊穣を祈願する農耕行事として御田植舞・豊年舞・牛使いの神事が行われ
牛が乱暴に暴れるほどその年は慈雨に恵まれるという・・
続 記録と記憶と印象と..
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五穀豊穣を祈願する農耕行事として御田植舞・豊年舞・牛使いの神事が行われ
牛が乱暴に暴れるほどその年は慈雨に恵まれるという・・
旧暦1月20日に行われていた正月行事であり
弓矢で悪霊をうちすくめ、村人の無災とその年の安泰を祈り
華鎮「はなしずめ」の名の如く、天候が荒れることなく五穀豊穣を願う神事
八阪神社は村屋坐弥冨都比売神社の郷社であり、神主は村屋神社の宮司が務め
修祓、祝詞奏上、玉串奉奠、結鎮祭文(けいちんさいもん、寛政5年・1793年)を読み上げ
その後、白梅の弓に女竹の矢をつがえ、東・西・南・北・天・地の順に射る所作をし、
最後に「五人組」と呼ばれるその年の講(阪手北明神講)の当番が本物の弓矢を
各自初回は5本、2回目は3本、3回目は1本ずつ直径1mほどの的をめがけて射、邪気を祓います
鏡作神社、正式には鏡作坐天照御魂神社
五穀豊穣を祈願する農耕行事として御田植舞・豊年舞・牛使いの神事が行われ
牛が乱暴に暴れるほどその年は慈雨に恵まれるという・・
結崎の5つの垣内から、それぞれの当屋が提灯持ちを先頭に大きな御幣
「ミキニナイ」(神酒担い)と呼ばれる竹馬(長さ2〜3mの柳の木に稲穂付きの稲束、お神酒の入った壷を提げた物)を担ぐ人
家族・親戚一同を伴って前年の当屋(トモ)と共に糸井神社にお渡りし、
拝殿前で御幣を大きく左右に振り 奉納します
その後、中学生(本来は数えで15から17歳)の男子が蛇頭を抱え、今里の各戸を「おめでとう」と言いながら練り歩く
広い道に至れば、「それ」との掛け声とともに、蛇体に人を巻き込む
蛇は再び杵築神社に戻り、神社南側にある大樹に頭を上に巻き付けられる
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